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<title>終わらせるために、書く。</title>
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<description>脳のインプットとアウトプットのバランスをとるため、思考を先に進めるため、終わらせるため、あるいは続けるために、とりあえず、書く、のだ。</description>
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<title>池田亮司「＋/－」 東京都現代美術館</title>
<description>眠れない…。仕事上の雑事というか用事がたくさんあって、それなりにこなしているつもりだけど、あれもやりたいが、これもしなきゃで、結局後回しになっているものが、本当は目前の「仕事」にとってではなく「自分自身」にとって重要なことだってうすうすわかっているんですけどね。けどどんな些細なことでも、誰にでもできることでも、結局誰かがやらないと、事物は進まないという、濁流に押し流されるような論理で、みごとにいろんなレベルのことを同時にやっています。とほほ。まあ、そういうときもあるさ。という...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T05:44:08+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
眠れない…。仕事上の雑事というか用事がたくさんあって、それなりにこなしているつもりだけど、あれもやりたいが、これもしなきゃで、結局後回しになっているものが、本当は目前の「仕事」にとってではなく「自分自身」にとって重要なことだってうすうすわかっているんですけどね。<br />けどどんな些細なことでも、誰にでもできることでも、結局誰かがやらないと、事物は進まないという、濁流に押し流されるような論理で、みごとにいろんなレベルのことを同時にやっています。とほほ。まあ、そういうときもあるさ。というか、そういうときばっかりだから、つらいんだけどね。もっと脳にブランクをつくりたいと思う今日この頃。<br />さて、せっかく眠れないから、久しぶりに見ることのできた展覧会について書いておこうと思った次第。<br />先日、池田亮司「＋/－」を、東京都現代美術館に見に行きました。展覧会を見に行くなんて超久しぶりなのですよー。うれぴー。San JoseのISEAで、古い劇場を再興させたCalifornia Theaterというシアターで、datamaticsを大画面で見て、それなりに楽しんだ覚えがあったのと、チラシの写真も良かったので行きたいなーと思っていたら、あっというまに最終日。で、意を決し、小雨降るなか、行ってまいりました。<br />いろんな理論とかあるのかもしれませんが、今の私には清涼飲料系。思考なしで、ぼーっとその空間にたたずんでいたい感じでした。最終日の閉館１時間前ということもあり、たくさんの人が暗闇のなかの大画面の前で床に直座りして、映像のタームごとに人が流れていく様は潮の満ち引きのごとく、まるで作品の一部のようで、感じ悪くなかった。みんな自由な感じで見ていて、その様は作品とリンクするものがあった。きっとすいてるときにきたら、10年くらい前に水戸芸術館で堪能したジェニーホルツァーなみのリラクゼーションだったかも、と思いつつも、この人の群れは私の中で、要素として実は重要だったと今にして思う。<br />そしてまたしても「ミニマル」。その包容力に包まれる私なのでした。久々に濃厚なブランキー…。<br />帰り際、カタログ買って帰ろーと思ったら売り切れ。なんだよナディフー、多めに仕入れといてほしかったなー。見積もり浅いがな…。<br /><a name="more"></a>

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<title>「スピノザの世界 神または自然」上野 修</title>
<description>超良書！スピノザ入門がこの本でほんと良かった！たぶん、スピノザが書いた本そのものをいきなり読んでいたら、挫折していた。あるいはありがたい言葉だと思っても、ここまで入れ込むことができなかったと思う。この難解な理論をわかりやすくていねいに、ときにユーモアを交えながら説明してくれているすばらしい入門書。しかし、「神または自然」ってスピノザの信念ではあるが、こうして本のタイトルになるとふつーな感じで、とっても損だと思う！でもね、次から次へと奇想天外な論理展開の連打は、気にいった部分を...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-06-14T01:01:08+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
超良書！<br />スピノザ入門がこの本でほんと良かった！<br />たぶん、スピノザが書いた本そのものをいきなり読んでいたら、挫折していた。あるいはありがたい言葉だと思っても、ここまで入れ込むことができなかったと思う。この難解な理論をわかりやすくていねいに、ときにユーモアを交えながら説明してくれているすばらしい入門書。<br />しかし、「神または自然」ってスピノザの信念ではあるが、こうして本のタイトルになるとふつーな感じで、とっても損だと思う！<br /><br />でもね、次から次へと奇想天外な論理展開の連打は、気にいった部分をドックイヤーしようとすると、全てのページを折り曲げにゃいけない状態で、もう折るのはやめようと決めても、またどうしてもページの下を折り曲げたくなってしまうという、こんな感覚はほんと始めて。（ちなみに私はページ下を小さく折る。上を折るのは次に読むとき先入観になるので目立たないようにしとくのです。）<br />しかもどんどん読めてしまう。私は読了しないとその本について書かないことに決めている。（だって書くために終わらせる、のさ）でも、フライングしてちょこっと紹介してしまったのはそのくらい衝撃だったから。しかもそこから今回読了するまで時間が経っているのは読み進まなかったのではなく、単に読む暇がなかっただけのことで、トータルではほんとにあっという間、夢のようです！ 今でも、夢うつつ…？<br /><br />これもう、まるごと教科書。何回も読みます、参りました。<br />現在愛読書No.1!　でもレンタル予約入ってるので、明日から貸し出します。しばらくさよーなら。なので詳しく内容について述べるはまたあらためて。とにかく、スピノザありがとう。そして上野先生、ありがとう、です！<br /><br />「スピノザの世界 神または自然」上野 修<br />　講談社現代新書　720円<br /><br />　講談社さんも、いい本だしますねー！<br />「エチカ」も「知性改善論」も入手済みだけど、しばらくはこの本でお腹いっぱい！！<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>目から鱗とはこのことか？</title>
<description>きょうはすこぶる幸せだ。今日は原口典之展とスピノザ読書三昧だった。思考はミニマルであるべきだ。世の中は広くて多様なんだから、思考はミニマルにしておかないと、つかみきれないし、多様さを享受できなくなる。ものをみる最低限の「型」というか。あるいは視点そのもの。以前は具体的なものを志向していた。比喩表現とか。意味とか象徴とか考えていたのはそのせいだ。ところで原口典之展「社会と物質」。本日じっくり見ましたが、すばらしい、全て。やっぱりすきのない思考っていいね。表現されたものを見ている...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-05-11T00:48:04+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
きょうはすこぶる幸せだ。<br />今日は原口典之展とスピノザ読書三昧だった。<br /><br />思考はミニマルであるべきだ。<br />世の中は広くて多様なんだから、思考はミニマルにしておかないと、つかみきれないし、多様さを享受できなくなる。<br />ものをみる最低限の「型」というか。あるいは視点そのもの。<br />以前は具体的なものを志向していた。比喩表現とか。意味とか象徴とか考えていたのはそのせいだ。<br /><br />ところで<a href="http://www.bankart1929.com" target="_blank">原口典之展「社会と物質」</a>。本日じっくり見ましたが、すばらしい、全て。やっぱりすきのない思考っていいね。表現されたものを見ているだけで、その配慮というか気高さが感じられるよ。しかもそれは単品の完成度もさることながら、全体の空間の扱いがすばらしい。そういう考えられた空間に身を委ねているときってほんと、幸せだよ。それは安心感とかいうような生易しいことでは全くなく、なんと表現していいかわからないんだけど、すごいんだよ！豊かなんだ！<br />こういうたぐいの空間の豊かさは、私としてはロスのゲティセンター以来の衝撃。<br />この展覧会は私の思考における歴史に残る展覧会だよ。<br />掛け値なしで超おすすめ。<br />ぜったい見るべし。しかもこの空間で！！<br /><br />今日がこんな日になるなんて思いもよらなかった。<br />明日も晴れるといいな。<br />今日は久しぶりに安らかに眠れそうだよ。<br />スピノザの続きを抱えながらね。<br /><br />そして、上記のこと、いつかもう少しきちんと文章化して、消化していきたいと思います。<br /><br />当面の目標はあらゆる意味で「余裕」。<br />明日もがんばろー。<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>虚構について</title>
<description>スピノザってすごい。「真実の思考」と「真理」は別のものだと。確かにそうだけど…。すごいねこの言い切り。それが人のバカさなのかな。では人であるうちは、どうしようもないというか、人であることを辞めるしかないじゃん。そんなにたいしたこと、求めてないよ。ただ生きるために精一杯もがいてきた。これがあたしの限界。認めるしかない。方向性を見失った。けどきっとたいしたことじゃない。あたし以外の人間にとってはね。安部公房だ。労働は最大の忘却。そね、でも大事なことも忘れちゃったのかもね。本末転倒...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-05-10T02:59:34+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
スピノザってすごい。<br />「真実の思考」と「真理」は別のものだと。<br />確かにそうだけど…。すごいねこの言い切り。<br /><br />それが人のバカさなのかな。<br />では人であるうちは、どうしようもないというか、人であることを辞めるしかないじゃん。<br /><br />そんなにたいしたこと、求めてないよ。ただ生きるために精一杯もがいてきた。<br />これがあたしの限界。認めるしかない。<br /><br />方向性を見失った。<br />けどきっとたいしたことじゃない。あたし以外の人間にとってはね。<br />安部公房だ。労働は最大の忘却。<br />そね、でも大事なことも忘れちゃったのかもね。本末転倒。<br /><br />「私が虚構するとすれば、それは不可能性も必然性もまったく見えていないあいだだけである。実際、不可能性・必然性がもし理解されていたら、私は何事も虚構できなかっただろう。」<br />スピノザ「知性改善論」<br /><br />過去について虚構はありえない。自分はその選択肢以外選びようがなかった。それを悔やんでもどうしようもない。そうしかあり得ない。それ以外は全て虚構。だから今まで出会った人もそうとしかありえなく、離れていった人もまた、そうとしかあり得ない。<br /><br />虚構を真実に変えるとしたらそれは未来という方向性しかありえない。<br />でもね、もういい加減つかれちゃった。<br />見つめるのも、見つめないのも、どっちもね。<br /><br />きのう仕事中に急いでいて木の箱を膝蹴りしてしまった。ひざがおかしい。さっき気づいたら腫れてた。<br />けどどうでもいい。そんなこと。ばちがあたったんだ。この痛みは虚構でなく真実。<br />安堵したい。<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>「生まれいずる悩み」</title>
<description>「生まれいずる悩み」のなかで有島武郎が書いたことを思い出している。画家を志す田舎の漁師。「画家」になるか「漁師」になるか。しかし、悩みに悩んだ末に出す答えと、崖の上から小石を投げてその表裏で決める決断と、あまり変わりはない、というようなことを言った。読んだのは高校のころだから、きちんとした引用ではないが、自分としてはショックというのとも違う、複雑な心境というか、ガンときたものがあった。なんか心に残る言葉だったのだよね、今でも覚えているくらい。茂木健一郎氏がクオリア日記で言って...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-05-04T02:19:37+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
「生まれいずる悩み」のなかで有島武郎が書いたことを思い出している。画家を志す田舎の漁師。「画家」になるか「漁師」になるか。しかし、悩みに悩んだ末に出す答えと、崖の上から小石を投げてその表裏で決める決断と、あまり変わりはない、というようなことを言った。読んだのは高校のころだから、きちんとした引用ではないが、自分としてはショックというのとも違う、複雑な心境というか、ガンときたものがあった。なんか心に残る言葉だったのだよね、今でも覚えているくらい。<br /><br />茂木健一郎氏が<a href="http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2009/04/post-7ad7.html" target="_blank">クオリア日記</a>で言っている。<br /><br />「人間の脳は、予想できることとできないことが<br />　入り交じった偶有性に対して適応する<br />　ようにできあがっている。<br /><br />　客観的には同じ状況でも、それを認知する主体<br />　によって偶有性は異なる。<br /><br />　〈中略〉<br /><br />　偶有性を抱きしめよ。<br />　ただし、うまく抱きしめよ。<br /><br />　偶有性の海の中で、自分を見失ってはいけない。<br />　もし見失ってしまったら、<br />　海に漂っている、確実そうなものを<br />　とにかくつかめ。<br /><br />　確実なことと、不確実なことの<br />　バランスをとることを常に心がけよ。」<br /><br />とな。<br />確実なものと不確実なもののバランス。<br />そしてそのバランスをとるための方法というものが、個性そのものなのかもしれない。<br />目的は一緒。方法は違う。でも敵は一緒。<br />せめてその敵だけは、見失わないように。<br />まちがっても同士討ちだけは避けたいものだ。<br /><br />今は脳味噌停止。<br />私はギャンブルには向いていないのよ…。<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>「ゴドーを待ちながら」 サミュエル・ベケット</title>
<description>自律神経失調症になりそうな、睡眠のアンバランスの合間に読んだ。それは眠れぬ夜、目覚めてしまった早朝、睡眠と睡眠の合間。こんなにとぎれとぎれに、しかも夢と現実の狭間で読んでいたというのに、筋が飛ばないで、すぐに続きに入っていけるのはなぜかと、とても不思議だった。ベケットについて、興味はあるけどあまり知らない。スピノザの影響もあるようだ。「ゴドー…」はあまりにも有名で、今更読むのもどうなのかと思ったけど、読んでよかったと思っている。ゴドーを待っている浮浪者2名は、なんども別れよう...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-05-02T23:51:52+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
自律神経失調症になりそうな、睡眠のアンバランスの合間に読んだ。<br />それは眠れぬ夜、目覚めてしまった早朝、睡眠と睡眠の合間。<br />こんなにとぎれとぎれに、しかも夢と現実の狭間で読んでいたというのに、筋が飛ばないで、すぐに続きに入っていけるのはなぜかと、とても不思議だった。<br />ベケットについて、興味はあるけどあまり知らない。スピノザの影響もあるようだ。「ゴドー…」はあまりにも有名で、今更読むのもどうなのかと思ったけど、読んでよかったと思っている。<br /><br />ゴドーを待っている浮浪者2名は、なんども別れようとして、でも一緒にいる。一緒にいなきゃいけないはっきりした理由はあまりない。でもゴドーを待つためには一緒にいた方がよいと、暗黙のうちに思っている。たいくつしのぎと意志の継続のため。<br />ゴドーに何かを期待しているわけではない。ただ、約束したから待っている。浮浪者だからではない。それは立派な職業の人だって変わらないことだ。ただ別の方法で、その場をしのいでいるだけだ。<br /><br />その場をしのぐ方法でしかないならば、やはり楽しいに越したことはない。しかし楽しくないことがなくなったら、楽しいこともなくなるという矛盾…。<br /><br />そして誰の元にもゴドーは来ない。そしてみんな知っている。ゴドーは来ない。でもみんな待っている。なぜかゴドーを…。<br /><br /><br />「ゴドーを待ちながら」　サミュエル・ベケット<br />　安堂信也　高橋康也　訳　　　<br />　白水社　2,100円<br /><a name="more"></a>

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<title>いつでも夢を。</title>
<description>たとえば１万人のうちの１人の悪人のために時間を割くより、9999人の善人のために時間を費やし、能力を費やす方が有意義だと素直に思うんだけど、世間様というものは、そうはいかないみたい。世間は悪を求めてる？でっちあげ、過剰反応、自己満足。でも、わかってる人は、わかってるから、大丈夫。自分がふりまわされないように、注意すること。いつでも平常心を。そしていつでも夢を。でもその夢って何さ？？たぶん、歌っていれば、いいだけさ。</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-04-29T21:44:24+09:00</dc:date>
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たとえば１万人のうちの１人の悪人のために時間を割くより、9999人の善人のために時間を費やし、能力を費やす方が有意義だと素直に思うんだけど、世間様というものは、そうはいかないみたい。<br />世間は悪を求めてる？<br />でっちあげ、過剰反応、自己満足。<br />でも、わかってる人は、わかってるから、大丈夫。<br />自分がふりまわされないように、注意すること。<br />いつでも平常心を。<br />そしていつでも夢を。<br /><br />でもその夢って何さ？？<br /><br />たぶん、歌っていれば、いいだけさ。<a name="more"></a>

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<title>よくわかりません。</title>
<description>悲しいことを、悲しいと思わない耐性を自分の中につくることに智慧や時間やお金を費やしたり、そのことそのものに危機感を感じたり、本当に人は、あるいは私はアンバランスで、いびつで未完成。その未完成さにどうしようもなくなる。自分の気持ちは、押しても引いてもだめ。そしてついには自分自身の感情というものの確かささえ確認できないまま、時間が来て、時間が過ぎて、そして過ぎてくれなかったり。死ぬのは簡単。生きるのは、これまさに修練。行き先はどこか。あたしにはわからん。でも全ての道はどっかにつな...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-04-28T00:32:15+09:00</dc:date>
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悲しいことを、悲しいと思わない耐性を自分の中につくることに智慧や時間やお金を費やしたり、そのことそのものに危機感を感じたり、本当に人は、あるいは私はアンバランスで、いびつで未完成。その未完成さにどうしようもなくなる。自分の気持ちは、押しても引いてもだめ。そしてついには自分自身の感情というものの確かささえ確認できないまま、時間が来て、時間が過ぎて、そして過ぎてくれなかったり。死ぬのは簡単。生きるのは、これまさに修練。行き先はどこか。あたしにはわからん。でも全ての道はどっかにつながってるんでしょ。どの道を通ったって、多分同じ。といいきかせるのだ。<br />道に迷った！と焦ったりせず、見たことのない景色を楽しめるくらいな人になりたいな。それには強さが必要なんだね。人に迷惑はかけたくないし。そういえば最近泣かなくなった。それって偉いんだよね。あ、そういえばこのあいだ別件で泣いたか、上司を殴ったとき…。<a name="more"></a>

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<title>現代的自我とは？</title>
<description>忙しさの合間のつかの間の時間。ふうーー。３冊くらいの本をはしごしながら同時に読んでいますが、読む暇があまりないので、進みません。しかももう一度最初から読み直したりして。読み終わることが目的ではないので、咀嚼というか、別にいいんだ。最近は「近代的自我」と「現代的自我」についてよく考えます。「現代的自我」という固有名詞はありませんが、もともと世の中はおかしいと思ってはいるのだけど、ほんとに最近おかしいなあ、やばいなあ、と思うんですよね。「我思う故に我あり」を、何の理解も無く都合の...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-04-25T16:29:37+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
忙しさの合間のつかの間の時間。<br />ふうーー。<br />３冊くらいの本をはしごしながら同時に読んでいますが、読む暇があまりないので、進みません。しかももう一度最初から読み直したりして。読み終わることが目的ではないので、咀嚼というか、別にいいんだ。<br />最近は「近代的自我」と「現代的自我」についてよく考えます。「現代的自我」という固有名詞はありませんが、もともと世の中はおかしいと思ってはいるのだけど、ほんとに最近おかしいなあ、やばいなあ、と思うんですよね。<br />「我思う故に我あり」を、何の理解も無く都合のいい風にとらえた輩が誤解に誤解を重ねて、アホがアホを生んでいる。一億総アホ時代だよ、ほんと。どうして理解できないことを、自分の低いレベルで勝手な解釈をして、それが確信だと信じて疑わない、ということができるんだろう。この人たちは、脇見のできない馬みたいな時限装置なんだろうか…。そんな馬たちの競馬につきあわなくちゃいけないのだろうか。ほんと馬鹿みたい。そういえば、バカは馬、鹿だ。<br />一方、本当に優れたものの見方をする人たちもいて、救われることも時々ある。ほんと「明るい未来」は「未知との遭遇」から始まるのです。だから今、先が見えないからといって落ち込むことはない、と考えられるようになったのは、大人になった証拠かもしれません。<br />最近の日常は、酒も飲んでないのに酔っぱらっているような感覚がある。もしかして自分が一番ヤバいのか？<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>見たことのないことを。</title>
<description>見たことのないことを。感じたことのないことを。想像もしなかったことを。</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-03-18T00:06:33+09:00</dc:date>
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見たことのないことを。<br />感じたことのないことを。<br />想像もしなかったことを。<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>簡単な算数の時間</title>
<description>「作家として生きる」あるいは「作家的に生きる」ということは、予定調和的世界からの決別である。私は予定調和が概念的には好きではないし正しいと思っていない。だが既にこの環境の中で生きてきた私の「脳」は確実に「予定調和」というものに唯一安心できる「薬」を見いだしはじめている。それはいつからだろうか？ 「作家」という不確かな生き物は、不確かな自分自身を抱え、不確かさの中に足を踏み入れていくようなものだ。まるでマイナス×マイナス×マイナスは、もっとマイナスみたいな…。小心者の私は何時で...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-02-27T19:12:28+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
「作家として生きる」あるいは「作家的に生きる」ということは、予定調和的世界からの決別である。私は予定調和が概念的には好きではないし正しいと思っていない。だが既にこの環境の中で生きてきた私の「脳」は確実に「予定調和」というものに唯一安心できる「薬」を見いだしはじめている。それはいつからだろうか？　<br />「作家」という不確かな生き物は、不確かな自分自身を抱え、不確かさの中に足を踏み入れていくようなものだ。まるでマイナス×マイナス×マイナスは、もっとマイナスみたいな…。小心者の私は何時でも入口で尻込みをしてしまう。あるいは石橋を叩いてたたき壊してしまうタイプだ。そんな自分はいやだし、向こう側へ渡りたいという願望は誰よりも強いはずだ。だのになぜ、橋のたもとで、とまどってしまうのか？<br />今は、作家として生きているわけではない。実はどうにか、マイナス（自分）×マイナス（社会）×プラス（予定調和的仕事）で、成立させているような気がしてきた。では、予定調和と決別するためには、どうすべきかというと、「自分」あるいは「社会」を「プラス」にするしかない。「社会」は自分では変えられない。変えられるとしたら、それは「自分」が変わることでしか、変えられない。結局消去法的にも「自分」が変われと言うことだ。しかしこれもまた「概念」の話で、ではどうやって、変わるのか…？<br /><br />別のケースを客観的に見て、「その時には、いくらどうやったって越えられない現実、というものもある」ということはわかっている。けどやはりこれも概念で、現実の状況に落とし込んでみたときに、ではそういう状況をどう流していくかという具体的なスキルは持ち合わせていない。<br />名前は忘れてしまったが、先輩の作品で、とても好きな作品があった。自転する長いブランコに座って本を読んでいる人がいる。その本には「経験とは、経験すること」と書いてある。その子はそこにひたすら眼を落として、同じ所をぐるぐるまわっている。という作品。<br />一体、経験とはどうすれば経験できるのか？　一度に世界中を知ることはできないように、物理的に越えられない壁というものは確かにあるよ。そのことを限界というのか？　あるいは物理的に越えられない壁があるという事実を自分がうまく越えられないでいることを限界というのか？　<br />地に足をつけて、考えるべきだとおもう。でもこれもまた概念。<br />今日も昨日と変わらない。堂々巡り。だけど、そんな日があったことが、いつか無駄じゃなかったと思える日がきたらいいなあ。<br />と、最後はささやかな抵抗とささやかな自己肯定でした。<a name="more"></a>

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<title>かもめ</title>
<description>橋を渡っているときに、川と平行にカモメが橋を低空飛行でよこぎった。バスが走っていたらぶつかってしまうのにと思ったが、多分当のかもめは、バスが来ていないことくらい知っているんだ。かもめはひとりで生きていてえらいな、と思った。羽を上下にして飛んでいく姿が勇壮だった。かもめのほうがわたしよりきっと孤独なのに、あんなに凛々しく生きているのだから、わたしももっとがんばらないといけないと思った。帰りに橋を渡っていたら、今度はかもめの大群と鳩の大群が同居してボードウォークを占拠していた。壮...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-02-22T21:59:08+09:00</dc:date>
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橋を渡っているときに、川と平行にカモメが橋を低空飛行でよこぎった。バスが走っていたらぶつかってしまうのにと思ったが、多分当のかもめは、バスが来ていないことくらい知っているんだ。かもめはひとりで生きていてえらいな、と思った。羽を上下にして飛んでいく姿が勇壮だった。かもめのほうがわたしよりきっと孤独なのに、あんなに凛々しく生きているのだから、わたしももっとがんばらないといけないと思った。<br />帰りに橋を渡っていたら、今度はかもめの大群と鳩の大群が同居してボードウォークを占拠していた。壮観な風情に、おもわず写真を撮りたくなったが、カメラもケータイも持っていなかった。あれ、かもめも、ひとりじゃないんだ、とおもった。<br />ということは…。深く考えないでおこう。<br />おわり<br /><a name="more"></a>

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<title>「人間交際術―コミュニティ・デザインのための情報学入門」 桂 英史</title>
<description>人間の持つ素性としての「ばらつき」と「かたより」。そして人の基本的欲求である「知ること」と「伝えること」。ってそこまではいいんだけど、そのよりどころを全て本と図書館に帰結して話を展開してしまうのは、どうも違和感があるというか、自分の世界とは違う世界をみるようでおもしろいといえばおもしろかったけど。さすが図書館情報大学大学院を修了されているだけありますって感じ。ただ、戦後直後に、これまでの国粋主義的教育の再発を止めるために中央集権の教育は解体しなくてはいけないと、教育の主権を地...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-02-22T01:41:17+09:00</dc:date>
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人間の持つ素性としての「ばらつき」と「かたより」。そして人の基本的欲求である「知ること」と「伝えること」。ってそこまではいいんだけど、そのよりどころを全て本と図書館に帰結して話を展開してしまうのは、どうも違和感があるというか、自分の世界とは違う世界をみるようでおもしろいといえばおもしろかったけど。さすが図書館情報大学大学院を修了されているだけありますって感じ。<br />ただ、戦後直後に、これまでの国粋主義的教育の再発を止めるために中央集権の教育は解体しなくてはいけないと、教育の主権を地方に移行したはいいが、結局すぐに中央に戻ることとなり、「図書館」と「教育委員会」がその狭間で形骸的に地方に残ったという話は面白かった。特に、教育委員会ってそういえば、なんなんだろって感じだ。<br />知ることの権利と自由。昔、小学生から高校にかけては地元にあった県立図書館を随分利用していた。本当にお宝のような、貴重本や絶版のものも含めた、自分では出会えないし手にすることもできないような本をたくさん手に取ったのを覚えている。図書館は歴史がある方がいい。その頃はよくはわかっていないながら、ケルトの模様とか、イコンの作品集とか、外国のパッケージデザインの本とか、文脈とか関係なく、自分の気になるものを狩りのように探しては借りていた。そうして背表紙を眺めている時間も有意義だった。大学の図書館もよく行ったけど、閉架が多くて、そういう面白さがあまりあじわえなかった。図書目録じゃ、わかんないし。タイトルとか著者名以外のたたずまいから、なんとなく良さそうな本、とか、たとえばなんとなく良さそうな店、とか言語化できない選択肢がある。その自分独自の千里眼みたいなものって、安易に共有しえないし、伝えがたい。伝えるすべもないから伝わるはずもなし。でもなぜか確信がある。おもしろいかもしれん、という確信は、自分の中では絶対。（もちろん結果面白くないという確率も決して低くはない。）<br />共有しえないものを、どうして共有したいと思うのか、あるいは共有しえると信じるのか、それは共有できたときの喜びがあるからだと思うけど、なんか、岩を山に押し上げているような気がしてつらくなってくる…。いけないいけない、マイナス思考はやめよう。<br /><br />あまり普段会話をしていない人と話をするとき、お互いが「言葉」に込めている意味を読み取ることの大変さを思うときがある。ばかな私の頭は固有名詞や時系列がついていかない。それこそブレーンストーミングというのは、「言語をそろえる」ということだ。そのうちに、ツーカーとか、あうんになっていくのだけど、言葉をそろえるということはなかなか「時間」を越えれないものがある。「英語」なんてほんとに、ぜんぜん私の中に入ってこない。って当たり前か。<br />とにかく、理路整然とわかりやすい文章だけど、私とは言葉がそろっていない感じがして、響きそうで響かない部分もあり、それは多分自分に何かしら足りていない部分があるのだとは思うけど、どうも自分の理解は半ば不十分なのではないか、という消化不良があった。ご本人の熱さを期待しすぎました…。<br /><br />「人間交際術―コミュニティ・デザインのための情報学入門」<br />　桂　英史<br />　平凡社新書　756円<br />　桂さんが司会のレクチャーの翌日にAmazonで購入。<br />　とっくに読み終わってました…。<a name="more"></a>

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<title>「安心して絶望できる人生」向谷地生良</title>
<description>夜中にHelp電話が来た。私はなにもしてあげられなくて、ただ話を聞いていただけだった。そんなことしかできないけれど、役に立てていればいいのだが。眠れなくなって向谷地生良氏の「安心して絶望できる人生」を再度読み返した。この本は人口問題を専門とされている慶応大学の大江守之先生がある講演の中で紹介されていた本。郊外における行政と自治のあり方の中で「強い専門性と弱い専門性」の重要性についてを、向谷地さんの「当事者研究」についての言葉を引用して話されたのだ。「当事者研究」というのは、も...</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
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夜中にHelp電話が来た。私はなにもしてあげられなくて、ただ話を聞いていただけだった。そんなことしかできないけれど、役に立てていればいいのだが。眠れなくなって向谷地生良氏の「安心して絶望できる人生」を再度読み返した。この本は人口問題を専門とされている慶応大学の大江守之先生がある講演の中で紹介されていた本。郊外における行政と自治のあり方の中で「強い専門性と弱い専門性」の重要性についてを、向谷地さんの「当事者研究」についての言葉を引用して話されたのだ。「当事者研究」というのは、もともとは統合失調症（昔でいう精神分裂病）の人たちが、自分たちの病気について自分たち自身が「研究」していくことで、その現状をみつめ、特徴を探ったりして、自分なりの対処法を自分自身で見つけようとしていくことで、自立していくというプロセスだ。もともとは他の人間との関係を築いていくことを重荷としていた人たちが、グループでのSSTなどを重ねることでその「研究」を押し進め、自立していく過程を、北海道にある「浦河べてるの家」で当事者たちが会社を立ち上げるまでを通して紹介している。この「当事者研究」、今では精神医療の領域だけでなく、様々な分野から注目を浴びているという。要するに現状把握による傾向と対策であって、考えてみりゃ普通のことなんだけど、その「普通」ということ、社会ではあまり「普通」にやれないのは自明の理。だからひずんで当然。しかしポイントは大江先生のいうところの「強い専門性」と「弱い専門性」の相互関係であって、統合失調症の治療ももちろん医薬的な治療とも平行に行われるものだ。そう、ムーミンとスナフキンは両方いないとムーミン谷にはならない。両方の持っている智恵や力、お互いの良さが本当の意味でうまくでるように促していくことができたら、本当に夢のようだ。<br />そう、生きてること自体、いつでも実験で、日々研究なのだ、そういうもんだ。人間関係も、時間との戦いも、自分自身との折り合いも。<br />最近「ウィキノミクス」という本を勢いで買ったがまだ読んでない。それより前に買って途中で止まっている福原さんの息子さんの「複雑系入門」を読まにゃ。ようするに、そんなに都合良くいくものかという社会のスパイラルを実現することを信じているし、引き起こしたいともくろんでいるのである。実は結構そういう時期に来ているんじゃないかと思っている。だから雪だるま式によろしくである。このあたりは、気長に楽天思考でいっとこうっと。<br /><br />「安心して絶望できる人生」　向谷地生良<br />　日本放送出版協会（NHK出版 生活人新書）　777円<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>固有時との対話</title>
<description>私が死ぬと、ひとつの具体性がなくなる。でしたっけ？ 吉本さん。具体的なことをこなしていくことを繰り返してきました。そうするしかないと確かに思ったからです。でもその先にはなにがあるのでしょうか？私がこの詩集と出会ったのは20年くらい前です。書かれたのはもっと前でしょう。だけど、今、どこに道を見いだせるか？ な？</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>tamaph</dc:creator>
<dc:date>2009-01-30T00:40:06+09:00</dc:date>
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私が死ぬと、ひとつの具体性がなくなる。<br /><br />でしたっけ？　吉本さん。<br />具体的なことをこなしていくことを繰り返してきました。<br />そうするしかないと確かに思ったからです。<br />でもその先にはなにがあるのでしょうか？<br /><br />私がこの詩集と出会ったのは20年くらい前です。<br />書かれたのはもっと前でしょう。<br /><br />だけど、今、どこに道を見いだせるか？ な？<br /><br /><a name="more"></a>

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