年末に読み切りましたが、この書は読了したかどうかが重要ではないんです。
この音楽のような小説。読み進む意志は、内容を追ってという従来の読書的理由からではなく、あくまでもそのリズムに乗ってまどろんでいるうちに進んでいく。だから読み終わらなくてもいい。ただこのリズムに浸っているだけだから。とはいえ、内容がどうでもいい訳ではなく、漱石30歳の芸術論、さすが「近代的自我と私」を問題にしたお方だけあります。ただ終わり方が「なんだよ?漱石!」と声に出して叫んでしまったほど、拍子抜けした。確かに非人情の旅、とありますが、その「非人情」という言葉、少しわからない部分もあります。そういう非人情ならわざわざ俗世間から離れた温泉場に行かないでも、都会で十分じゃん、と思うんだけど…。
とにかく、文章の心地よいリズム、要所で主人公が句を読んだり、漢字をわざと当て字で表記したり、やはり昔の方が言語表現っていうのは豊かだな、と感じざるを得ません。「無駄なく」「スマートに」物事を進めるのは、仕事を進めるという上ではよいですが、人生を謳歌するという上ではだいぶ重要なことを見落とす恐れがあると思います。少しは効率的に仕事できるようにもなってきたし、まだまだ余裕はそんなにないけれど、自覚的寄り道をもう少しくらい、してもいいよね。
有名な最初のくだりは、すべての迷えるアーティストに読んでほしい。
―――――
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角(かど)が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
―――――
「草枕」 夏目漱石
岩波文庫 480円
2009年01月11日
この記事へのコメント
コメントを書く

